読んだ本まとめブログ

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ハンチバック【市川沙央】

ハンチバック【市川沙央】

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【あんまりネタバレなしのあらすじ】

重度身体障がい者の釈華は、親が遺したお金はあるが、普通の生への憧れを抱いています。

釈華は、文字を書くライターとして妄想や心中を吐き出したり、使い所のないお金を寄付してみたりして、日々を過ごします。

釈華は親が遺したグループホームの所有者として、他の利用者やヘルパーさんと暮らしています。

そんなある日、あるヘルパーさんからこう言われます「弱者が無理しなくてもいいんじゃないですか。金持ってるからって。俺も弱者ですけど。」

重度障がい者として生きる身体的、精神的苦しみ。それとともに、健常者と同様に、人としての思考があること。その思考も苦しみにより歪んでいくことへの皮肉。

また、弱者男性視点での補助者の物語や、性(生)への渇望もある、心に刺さる一冊です。

最初の数ページは「なんだこれ」と思うかもしれませんが、最後まで読んでみてほしいです。

 

 

 

※以降はネタバレを含む、読書感想文、あらすじです。

この言葉が適切か分かりませんが、すごく面白い本でした。

まず、自分が知っている気になっていたようで、知らなかった世界を示してくれる本です。

私も身体は丈夫な方ではないですが、身体は自由に動かせます。

しかし、釈華は背骨が曲がってしまう遺伝子で、健常者にとっての些細な動作でも、曲がった背骨は肺や心臓を圧迫し、左からしか起き上がれないなど、様々なできないことがあります。

右側の窓から見えるという富士山は見えないし、紙の本も読めないため、電子化することで本を読んでいます。

また、喉を切開していますが、痰を吸い取られる前や、異物が入った時に自力で取り出せない苦しさも描写されています。

著者自身も重度身体障がい者であり、著者だからこそ見せられる文学であり、引き込まれる文章から見せられる現実を感じました。

著者がとても知性に長けていて、語彙力も幅広く、知らない単語が出るとこんな言葉があるのかと目から鱗でした。

障がいについては知識としてなんとなく知ったつもりになっていましたが、小説を通して追体験(にはきっと程遠いのでしょうが)することで、現実に存在するこのような状況にある人がどんな想いで生きていて、どういう困難があるのかを知ることができたと思います。

それも、教科書のようなお勉強として知れたわけではなく、不思議と読んでいるうちに深く心に入ってきて、没頭していました。

 

そこで語られる、読書という行為の優位性について、健常性がないと紙で本を読めないとは考えが足りず、自分自身もこだわりはないですが紙で読んでいたので何とも言い難い心地になりました。

以前、障がい者の方が電子書籍を希望する話題を聞いたことがありましたが、何となく電子書籍だと読みやすいんだろうという程度の理解で、そこまで障がい者の方が読書をするのに苦労しているとまでは理解していませんでした。

また、鉄棒などはできないけど、読書はできるから、遠すぎないから憎いというのは、誰にとっても理解できる気持ちだと思いました。

それでも、読書は大変だけどできる行為で、著者や釈華は執筆や論文をする描写がありますが、何かを文字で表現をしたい気持ち、読みたい気持ちは、誰だろうと変わらないのだと感じました。
最初はハードカバーにしては薄いし文字も大きめだなと感じた本の厚みも、きっと著者にとっては執筆だって体の体制を変えたりしながら書いたもので、本の厚さで何かを測ろうとしていた自分が恥ずかしく思いました。

また、「なんだこれ」と思ったゴシップ記事の文章の始まりも、所謂普通に結婚して、子供を産んでクラスという健常性が叶わないから、せめて子供を中絶したいと性であり、生切ることへの思いが降り積もっています。 

 

ここまででもだいぶ面白くて、魅せられる文章でしたが、ヘルパーの田中さんの発言により、物語は起承転結の「転」が始まります。

ヘルパーの田中さんも、健常者ではありますが、弱者男性と自称しています。

最後まで読むと分かりますが、彼もいろいろあって、介護職に行き着いたことが分かります。

しかし、グループホームではグループホームの人間関係があります。

グループホームの人間関係については釈華自身も心地の良いものとは感じていないときもありましたが、田中さんにとっても弱者男性というくらいですから居心地のいいものや、やりがいのある仕事ではなく、お金のために耐えていたのでしょう。

昭和の価値観の老人男性の介護も相性が悪かったことも示唆されていますが、田中さんの怒りの矛先は釈華に向かいます。

ここが、お金はあるが健常性のない釈華と、健常性はあるがお金はない田中さんの対比になっています。

一方で、釈華にも田中さんにも、社会にとって自分は弱者なのだという共通点があるのが皮肉にもなっています。

初めは社交性のない、ありがちな若者とも呼べない年の男性だと思っていた田中さんが、急にキーパーソンとなることは予想外でした。

田中さんの心情や行動が分かってから、「じゃあ、この時の、この人の言動、気持ちは…」ともう一度読み返すと、また違う視点が見えてきます。
現実と同じで、行動等の見える部分と、内心の感情がいっぺんに明かされるわけではないけれど、確かに考えはそこにあることが小説でも表現されていて、すごい、この小説はフィクションだけど現実だ、思わされるのです。

 

田中さんは釈華の「自分は子供は産める人体ではないが、生理はきていて、妊娠はできるので、普通の人と同じように妊娠して中絶してみたい」と書いてあるTwitterのアカウントや、エロ小説、エロ記事のことを知っていると脅します。

釈華は田中さんにお金を渡す代わりに、田中さんは釈華と性行為を行うことで、合意をします。

釈華は性に興味があっても体験できなかったことから、精子の飲んでみたいと言い、田中さんの包茎手術済みのそこを口に含みます。

この辺りも、田中さんと釈華のコンプレックスや、攻撃性、渇望が見えてくる印象的な描写でした。

田中さんは釈華の口に射精しますが、釈華が嚥下できず苦しんでるのをみて、性行為もお金も持ち出さずに逃げ出します。

釈華はその後、病院で入院することとなり、グループホームの人から田中さんは今後辞めることとなったことを知ります。

グループホームの他の人には釈華と田中さんの行為は知られておらず、田中さんは辞める前にヘルパーの仕事として釈華の病院に足を運びます。

田中さんは「こんなになってまで性行為がしてみたかったのか」と釈華を蔑みますし、釈華も田中さんに「田中さんはお金のことだけ考えて」と言い返します。

その後も結局田中さんと釈華の性行為は行われず、田中さんはお金も持ち出されませんでした。

釈華は、自分はハンチバック(せむし=背骨が曲がっていること、という意味で使われています。)の怪物だから、健常性との正しい距離感だった、諦念のような気持ちでこの件を締めくくります。

 

…と見せかけて、最後の数ページでどんでん返しがあります。

初めは釈華の視点かと思いますが、娼婦の紗花(源氏名)の視点だと分かります。

お金があっても健常者になれない釈華が、「生まれ変わったら身体を売ってお金を稼ぐ娼婦になりたい」とTwitterで呟いていた娼婦であるしゃか(紗花)の視点に変わるのです。

読み進めていくと、紗花は釈華と同じで大学生であることが分かります。

紗花はお客になぜ嬢をやっているのかと聞かれると、「学費のため。お兄ちゃんが刑務所に入っていて、お母さんもおかしくなり変な宗教に学資保険以外寄付してしまったから」と答えます。

初めは嘘だろうと思って読んでいますし、実際紗花の目的はホストの担に貢ぐためです。

さらに客に「お兄さん何しちゃった?」と聞かれて、紗花が返した言葉に衝撃を受けます。「お兄ちゃんは新卒で入った会社をいじめられて辞めて、介護士の資格を取ってグループホームの仕事をしていたが、そこの利用者の女の人を殺した。お金を持った逃げたがすぐ捕まった。」と…。

紗花は田中さんの妹で、釈華は田中さんに殺されてしまい、田中さんはお金を得ることができず逮捕されてしまい、それを機に田中さんの家族は崩壊し、妹はホストにハマり娼婦になっていたのです。

紗花は繰り返し「担」のせいだ。「担」が悪い。憎い。と表現されていますが、これは釈華が繰り返し悩まされていた「痰」と韻を踏んだ表現であまりにすごい。

そして、紗花はNNで避妊をせず、娼婦として客と性行為をします。

 

最後の解釈が自分には難しかったのですが、終盤までずっと読んできた釈華や田中さん(兄)の元になる人物はいますが、今まで読んでいた文章は、全て紗花が壊れていく家族の中で正気を保つための物語(空想)だったと解釈しました。

そして、紗花は、釈華が殺したがった子を、私は孕むだろう。と言って物語は終わります。

 

ものすごく長くなりましたが、全てがすごいです。構成力、文章力、物語の展開、思想、全てが刺さります。

釈華が著者のモキュメンタリーなら、なぜ市川沙央という名前でデビューしたのだろうと疑問に思っていましたが、最後まで読んで納得しました。

長々と語りましたが、まだ読んでない方はぜひご自身で文章に触れてほしいし、その上で皆さんの感じた感想を教えてほしいです。

 

とても大好きな一冊になりました。

何となく、太宰治さんや村上春樹さんあたりが好きな方には刺さるかもと思いました(自分がそうなので)